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始まりの終わりは始まりなのか?

すべてフィクションです。

3/21の日記

きつく結ばれていた部屋が、ものが減ったことで ほどかれて緩やかな空気が流れている。この部屋に住んでもう2年か。よく辛抱したな。バイト先の先輩に あれは罰ゲームでしょ、と言われたのを機に目が覚めた。確かにこの狭さはストレスが溜まるし時々ヒステリーっぽくなる。とにかく狭いのにたくさんものがあるから、もの達のための部屋なんだ。私の部屋じゃなくなってた。今夜でここで過ごすのも最後だと思うとホッとする。やっと新しい広い部屋に行けるのだと。

 

同時に専攻も変更した。去年の春から自分が選んだ専攻に疑問を持っていて、なんか違う気がしていた。来期から多分写真とか絵画メインで授業を組むことになる。ワクワクする。特に写真については勉強するのは1年ぶりくらいなのでワクワクする。そもそも写真についての授業開講してるかわからないけど。

 

今日は先生に署名をもらいに大学へ行った。話してる時の私の動作バカみたいに大げさでなんていうかインパクトでいうとクジャクみたいなところあるなと思った。

 

3/20の日記

今日は初めて韓国系のレストランに行った。韓国の料理ってなんでもまぜこぜしたがる印象があったがやはりそれだった。私はそう行った食べ方に抵抗がない。美味しかったし。そのあと買い物もした。バイト先で使う黒いベルト。こういう身だしなみからしっかりしていかないと落ち着かない。あ、ボールペン買い忘れた。

 

色んなひとから連絡が来た。特に次に携わる映画についていろいろ連絡を取り合った。主人公がほぼほぼ私なので、久しぶりに自分の身の上のことを考える。高校の時に起きた大事件。まだ私の中で解決していない。みんなだってそうでしょ?きっと電車の中とかぼうっとしている時とか思い出しちゃうでしょ。でも私なんかがこんなに引きずっていいのかと思う。損な気がする。みんなずるいよ、心の内を知りたいよ。だからと言って思い出にもしたくないよ。早く肯定してあげる段階に進みたい。私のペースってこれでいいの?私って17歳のときに置いていかれたの置いていったの? 今日は自問しかないな。春休みはずっとこんな感じだ。鬱ほどまではいかないけど、これらをずっと見ぬふりして生きてきたから考えなきゃ、ちゃんと。

3/20の日記

展覧会の図録、ついつい買っちゃうんだけどあまり開かない。というか一回も開かない方が多い。パンドラの箱だ。なぜなら怖いから。文章が読めない。大学生なのに文章が苦手になってしまった。視覚の情報に頼りすぎているのと、ツイッターの短文に慣れてしまったから。現代人っぽい。

 

小学生の時、将来の大学生の私ってシークレットキャラが黒く塗りつぶされているように謎なイメージがあった。でもその頃から親から大学行けって言われていたのも思い出す。親は地元の 美大か国公立だといいねって。結局県外に行ったので、最終的にどっちも叶えてあげられなかった。子供の時思った、私は親の望みを叶えてあげられる存在だと。服も親の意見聞いて選んで大学だって。そりゃ子供だったし。でも大学生になってそれが終わって、途端に自由になった。広い空間にポツンと置かれてしまった。それから服も着たいものを着れるし食べたいものを食べれる。住みたいところに住めるし好きな人たちとご飯食べれる。でもこの世で一番好きなのは親だよ。あなた方に会えない春休みは空虚だった。帰りたいけど帰れなかった。ゴールデンウィーク帰ろう。でも、帰ってあなた方に会い続けられるのも50年とはいかないでしょう。寂しくなってきた。やめる。夜だし。ダシ。